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マンチョンヘ no2
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旅のマップ

マンチョン、地図




432マンチョン、地図





マンチョンヘの旅の地図です。
サムネール側は、データ大きいので、必要ならこちらをプリントアウトして、参考にされたい。





バリパパン--サマリンダ       タクシーで3−4時間
サマリンダ−−コタバグン      車で 3−4時間
コタバグン--タンジュンイスイ    小船で5時間(乾季)
タンジュンイスイ-マンチョン     トラックで 半時間程度  
タンジュンイスイ−ムアラムンタイ 小船で2時間ほど(乾季)


















[2009/11/07]tb(-)/ com(0)
マンチョンヘno1
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旅のパンフレット

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旅の危険度      **
旅の愉快さ      *****
英語必要度      *
日本人に会う確率  0.1%
最短日数        5泊6日
最適な季節      雨季、乾季、お好みで


見所 

河の旅はプロセスが楽しい。

アマゾンに似た大河マハトマ河を小船で奥地へ奥地へと入り込んでゆくと、古代の、陸路など無く、海や川を中心とした水運を中心とした交通網の意味も理解でき、ジャングルの愉快さが実感できる。日本も古代は海から河内湖に入り込み、大和川を小船で飛鳥の都まで行くのが交通網だったが、その川の通行権を握った物部氏が隆盛を極め、水運ゆえに飛鳥が都になり、陸路が発達して奈良に移行して行ったが、今のように陸路が発達すると、その事が実感として理解できなくなっている。

また、カリマンタン(ボルネオ)の奥地の昔ながらの生活に異端者として入り込むのが、きっと、チョー悪やアホかわ女なら、旅の醍醐味が実感できて、たまらなく、甘美だろう。マンチョンには300人程度がジャングルの中に生活し、独自の文化を持ち、そして、隣村では理解不能の言語を独自に持っている。中継地として栄えたムアラムンタイでも人口3000人程度で、独自の言語を持って、、現在では、共通語としてのインドネシア語を話す事で、交流をしている。



この旅は、チョーお勧めの5星旅。


最短の日程


1日目  日本ーーバリ(ジャカルタ)                          バリ(ジャカルタ)泊
2日目  バリーースラバヤ(ジャカルタ)−−バリパッパンーーサマリンダ    サマリンダ泊
3日目  サマリンダーーコタバグン--タンジュンイスイーーマンチョン往復    タンジュンイスイ泊
4日目  タンジュンイスイーームアラムンタイーーサマリンダーーバリパッパン バリパパン泊
5日目  バリパッパン--スラバヤ(ジャカルタ)−−バリーー成田へ        機中泊  
6日目  成田到着                 


バリパパン--サマリンダ       タクシーで3−4時間
サマリンダ−−コタバグン      車で 3−4時間
コタバグン--タンジュンイスイ    小船で5時間(乾季)
タンジュンイスイ-マンチョン     トラックで 半時間程度  
タンジュンイスイ−ムアラムンタイ 小船で2時間ほど(乾季)






旅費


バリ-バリパパン        飛行機往復                     一人 20000円程度
バリパパン−サマリンダ   タクシ- 行きかえり2回                一台 6000円程度
ホテル  バリ5000円+バリッパン4000円+サマリンダ8000円      二人で 17000円程度
マンチョンまでの旅を、ガイドにオリジナルで組ませて。全ての費用込み   一人  20000円程度

一般的には
バリ(ジャカルタ)までの飛行機+一人45000円程度

バリまでの飛行機は、シーズンによるが、台北経由で30000円から



注意点

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バリからバリパッパンへは、直行飛行機が今のところは無く、スラバヤかジャカルタ経由便になる。ライオン航空(日本の全日空のような存在)が運航している。バリースラバヤの間は観光客もまばらにいて、観光の雰囲気も残るが、スラバヤーーバリパッパンになると、雰囲気が一変して、乗客が出稼ぎ労働者の群れになり、異様な雰囲気になり、気後れする人がいるかもしれないが、別に悪い人の群れではないので、気にしないでおくこと。

ジャカルタに入って、バリパッパンに向かう場合は乗換えが不要で、バリ見学をはさまない場合は、ジャカルタ経由がよい。

バリパッパンには、アジア系の航空会社(たとえばシルクエアー)が直接乗り入れしているので、直接バリッパンに入って旅を始めると、一日日程が短縮されるかもしれない。


バリパッパンそのものには、見所があるわけでないので、夜遅くにならない便で、到着後、タクシーでサマリンダに向かうのが妥当。空港タクシーは値段は交渉で、大体4000円前後で、3時間ほどタクシーが走り続けて、サマリンダにつく。道路沿いの景色も面白いし、サマリンダの夕景はすばらしいので、昼過ぎに着く便でバリパッパンに着くのがいいと思える。


カリマンタンに旅をする観光客は極端に少ないので、ツアーなどもちろんないので、(旅行社は飛行機やバスの切符販売が主力、ガイドの紹介もしてくれる。) 

マンチョンに入ってゆくには、サマリンダでガイドを雇って、オリジナルで旅の手配をさせることになる。ホテルフロントでガイドは紹介してくれるので、行程を伝え、希望の行程をセットさせることになる。到着したその日でも、呼べばすぐに飛んでくる。その上、その日には手配して翌日スタートできる。

心配で、あらかじめ手配となると、サマリンダの
BUMI SENYIUR hotel
(tel 62-541-741443 fax 62-541-738--014 mail bumi@senyuiurhotels.com)
に、連絡してガイドの紹介を予め受け、メールで内容を伝えておくのがいいかもしれない)

通常は1泊か2泊のツアー程度で十分楽しめる。2名でセットする場合は、車、船、ロッジ、食事など、全て含んで1泊一人200ドル、2泊でもう少し奥まで入るなら250ドルあたりが相場で、500ドルなどと吹っかけられると、他のガイドと交渉する、といえば、まあ、200ドル程度にはなる。

二人で奥地へとなると、奥地では、それぞれの部族ごとに言葉があって、隣の部族とは会話が出来ない状況なので、ここは、ガイドを雇うのが無難。サマリンダのガイドは奥地から出てきているので、このあたりの問題は無い。


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マンチョンヘのツアーで、アホかわ女と行く場合は、問題は、トイレは通常は、川辺に立つ小さな浮き小屋で、板に穴が開いてあるだけで、河ぽちゃ、で、全て川を流れてゆくという構造で、また、現地でのロッジは一泊600円程度のものしかないから、気になるようなら、清潔なシーツ類は用意して行って、自分たちでベッドメークするほうがいいかもしれない。なお、ロッジの共同トイレは、インドネシア様式のやや、まともだ。

また、ロッジにシャワーなど気の利いたものはなく、水槽から手桶でくんで水浴びとなる。電気は、最近午後6時以降に使えるようになっている。携帯電話は国際電話が通じる。蚊に関しては乾季には余りいないが雨季にはいるので、蚊取り線香持参となる。部屋には蚊帳が吊るされている。

一泊だけのことで、且つ、余りに旅が愉快なので、アホかわ同伴でも、そうは、不平は出ないだろう。アホかわ女なら、、、

−−うわ〜〜なにこれ、このトイレ、チョー最高〜〜〜。写真撮るう〜〜〜。

などとのたまうはずで、いやな顔をする、馬鹿女は、チョイ悪に任せるのが無難というものだ。

が、もしももしも、ご不満が出れば、なだめる必要がある。
次の夜は、バリパッパンのノボテルあたりを予約しておけば、血迷った豪華さに、人気のない馬鹿豪華さに、美味なイタリア料理に、うまいエスプレッソに心も和むに違いが無い。このあたりのホテルでは、お値段も知れている。


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問題は、河の旅は何処でもそうだが、雨季に行くのか、乾季に行くのかという大問題がある。川の水位は何処でも雨季と乾季ではかなり違って、マハトマ河の場合は2mは違う。乾季に見る景色と、雨季に見る景色では様相が一変する。

俺は乾季が好きだが(高床式の家の構造が面白いのと、わずか20cmほどの水位の河を、小船で船底をすりながら、進んで行き、時に、乗り上げると押すという作業が面白いが、速度は遅くなるし、河舟のチャーターは高くなる。)ここでの写真を見て、水位が2m上がった状況を想像して決められたい。

雨季には水位が上がって大きな船も通行が可能になるので、小船以外に、やや大き目の船をチャーターでき、数は少ないが、文明人相手に、船にエアコン、トイレ、ベッドがついたものもあるようで、宿泊も船の中で出来る。アホかわ女が、うるさいようなら、かなりお高らしいが、雨季に、このあたりではチョー豪華な船をチャーターして、船旅をするのも洒落ているかもしれない。お値段はガイドに確認されたい。この船は、欧米日本のアドベンチャー専門の旅行社などで組んでいるツアーに使われているらしい。人数が多ければ、一人当たりお安いので使い勝手はいいかもしれない。ただ、チョー悪としては、堂々と川ポチャトイレで、現地ロッジ泊まりで、小船で行くほうが、正解だろう。ここまできて、文明も糞もあるまいと思うのだが、、、、、、


尚、コタバグンからタンジュンイスイまで、雨季には2時間半、乾季には5時間かかり、時間的には倍の時間がかかる。





備考


たまに弱小旅行社が、
タナトラジャ+マンチョンの組み合わせで11日ぐらいの期間でツアーを組んでいるらしい。(ツアー代金30−40万円) 
自分で組めば バリまでの飛行機+8万円程度で同じものが組みあがるから、ツアーで行くのは、大人数で気を使う上に馬鹿高くて、馬鹿馬鹿しい限り。
両方一気となると、マカッサル−バリパッパン、横につなげば良いだけの事。

つまりは
バリ−マカッサル-タナトラジャ-マカッサル−バリパパン−マンチョン-バリパパン-バリ
の、行程になる。














[2009/11/07]tb(-)/ com(0)
水中花
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[2009/11/07]tb(-)/ com(0)
高瀬川、宵待ち夜
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高瀬川、、、、待ち人、、、、くるやら、、、、こないやら、、、










(Lumix GF-1+LEITZ summicron -M 50mm)













[2009/11/06]tb(-)/ com(2)
紅葉狂い
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たびちゃん、今月は、ひたすら、紅葉狂い、です。















[2009/11/06]tb(-)/ com(4)
タナトラジャへ no8
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タナトラジャ


旅の危険度       *
日本人に会う確率   1%






金のホテル

HERITAGE
tel 0423-21-192 fax 0423-21-666
1室 45−75US

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なぜ,こんな所に、こんな物凄い立派なホテルが?という不思議ホテルの一つ。

不思議ホテルは、チョー悪には最高で、昔はマラケシュのマムーニアとか、色々あったけれど、観光客が来はじめると一気にチョイ悪相手の高級ホテルが出てきて、先覚者のホテルを潰してゆく。チョー悪としては、意地でも先覚ホテルに泊まり続けたいものだ。

で、かなり、完成度の高いホテルで、客室はトンコナン様式のコテージと3階建ての普通のホテル形式の部屋とがある。レストランの食事はイタリア系で、ヨーロッパからのツアー客が殆どで、ビュッフェスタイルで、アラカルトもオーダー可能。味は、かなりいける。ロビー二階には吹き抜けの大きなプールバーがあって、バンブーバーのいい匂いがする。

おまけにプールもあって、ちょいのんびりということなら、高原リゾートとして、十分楽しめる。タナトラジャ全体は、山間の静かな田園風景で、軽井沢のような雰囲気で、延泊しても心の休暇には十分になる。

今のところは、個人客よりは、ツアー客で成り立っている風に見受けられる。価格も絶対リーズナブルで、かなり、チョーお勧めのホテル。個人ツアーを組む場合は、絶対にここを指定したほうがよい。






タナトラジャからバリへ  (帰路)

タナトラジャへの観光客が少ない一因に、帰路も同じルートで戻る、という事があるけれども、日数が無い場合は、朝の7時ごろ、タナトラジャを出発して、4.30pmのガルーダに間に合うように来た道を車を飛ばすという事になる。バリには、6pmぐらいにに到着ということになる。











[2009/11/05]tb(-)/ com(0)
タナトラジャヘ no7
・・・
タナトラジャのトンコナン様式家屋

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ケテ。ケス ***



この地方独特の、トンコナンと呼ばれる家が残る集落で、 船の形を模したと思われる屋根が独特の雰囲気を醸し出している。右に見えるのが、住居で、左に見えるのが、それぞれの家に付随した、穀物倉庫ということで、ある家族がまず最初のトンコナンを建て、その子供が成長して同じ敷地の中に家が立てられていったと言われている。



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家の構造は高床床式で、屋根は見事な丸柱によって、支えられ、そこには、独特の文様と、水牛の骨で飾られ、正面には角、横には頭部が飾りとして使われている。インドネシアの島々には、それぞれの集団によって、独特の文様があり、文様を見れば何処の種族か分かるという事になる。
水牛は、このあたりでは豊かさのシンボルで、葬儀でも水牛を生贄として殺している。



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外部の巨大さに比較して、その室内はきわめて質素で、階段を上ると4畳ほどの台所兼居間があって、その両サイドに2畳、3畳程度の一段高くなったスペースがあり、片方は子供用で、片側には夫婦が基本的には住んでいる。全部で10畳程度の空間で、外部の巨大さに比較して内部は狭い。

また、それぞれの家屋の反対側には、小ぶりの同じようなトンコナン様式の建物がついで建っていて、こちらのほうは
穀物倉庫として使われている。


この建物の独特の形は、祖先が船に乗って中国から渡って来たことから、船の形にしているらしいが、最初に渡来したときには、このように、壮大なものではなく小さく湾曲した形であったらしいが、徐々に巨大化してこの形になっていったということだ。






飛騨の合掌作りは、雪国の合理性から、あのような形になってゆき、内部も合理的でかなり広いが、トンコナンの方は、高床式そのものは、獣から身を守るに適して、また、暑い地方では風通しを良くして、涼しい。また、床では家畜が飼えるなど、合理的ではあるが、この、巨大な屋根は威圧感はあるが、部屋の空間の小ささを考えると、あまり使い勝手、合理性というよりは、権威の象徴的な意味合いが強いのではないかと思われる。

また、このあたりには7つばかりの小さな王国があったといわれ、それぞれが、相争っていたらしいが、王国よりは、むしろ部族に近い規模で、戦争といえども村の喧嘩に近かったのではないかと考えるほうが分かりやすい。城も、城壁もなく、大規模であったとは思えない。ただ、かっては、水牛に加え殺した相手の首を飾っていた時代もあったらしい。















 
[2009/11/05]tb(-)/ com(0)
タナトラジャへ no6
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タナトラジャの墓

ロンダ<span style="font-size:large;">墓の1

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村々がそれぞれの墓所を持っていて、これは、ロンダという場所の墓所。山肌の絶壁や、ふもとに出来た鍾乳洞の中に棺を無造作に置いてある。壁に人形がならんでいるが、これが、タウタウ、と呼ばれている木造人形でトラジャ人の面影はあるが、個人を具体的に似せて作ってあるわけではない。このタウタウに故人の霊が宿ると信じられているようで、遺体のほうは木箱に入れられ、無造作に放置してあるように見える。中には遺骨がむき出して、転がっているものも多い。





ケテケス 墓の2



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こちらは、トンコナンスタイルの家が一番良く保存されている、ケテケスの背後の岩山にある墓で、岩山に無造作に遺骸が放置され、新しいものは棺に入り、同じく無造作に置かれている。岩山の壁にはくいが打たれ、その上にも棺が積み重なっているが、上部ほど天国に近いからとされ、王族やお金持ちほど壁の上のほうに遺骸を置くようになっているらしい。タウタウ人形のほうは一箇所に固めて置かれているが、遺骸のほうは、ばらばらに置かれている。






















[2009/11/01]tb(-)/ com(0)
タナトラジャ no5
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タナトラジャの葬式  ***DSC_5629.jpg

葬儀場入り口

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葬儀場へ

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葬儀場全景

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棺、死者は丸い筒状のものに収まっている。

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近所、総出の炊き出し。全部で40人程度の女性が働いていた。

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炊き出しは、まきで。

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生贄になる水牛

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葬儀観覧席

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本日までに、生贄になった水牛の角

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本日の死者、写真がかかって、棺が置いてある。100歳を超えて、大往生されたとの事。

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集団にはユニホームがあるようで、黒を基調にした、ユニホーム。

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生贄になる豚が、次々と運ばれてゆく。

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単調なリズムに合わせて、踊る。

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炊き出し場から、来客に食事や飲み物が運ばれる。

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葬儀の列が続く。この後、いけにえの儀式が行われる。








タナトラジャの葬式は半端ではない。

一応は、キリスト教徒、回教徒となってはいるが、葬儀や死者の埋葬などは昔ながらのスタイルで行われ、この間は、教会もモスクも、どうぞご自由に昔ながらの風習でどうぞ、となる寛容さに満ち溢れているらしい。

このあたりでは、遺体は処理をしてミイラ化し、副葬人形を作成し、葬儀を盛大に執り行い、そして、墓場に放置という運びになる。この、葬儀は半端でなく、膨大な資金を要して、生前よりは葬儀代金の方がかかるということで、記録保持者は数ヶ月葬儀を続け、生贄にした水牛160頭、豚3000頭になったらしい。また、葬儀費用が無くて、資金が出来るまで家の中に3年ミイラを放置している事もある。

葬儀は、村総出の一大イベントで、農閑期に行われるということで、訪れたときも2箇所で葬儀が執り行われていた。ここの葬儀は、まだ、たったの3日目だということだ。

基本的には、踊り、飲んで食って、生贄をささげ、シャーマンが出てきて、儀式を行い、それを、繰り返すということになる。こういう、過度の葬儀になったわけについては、トンコナン(この地域独特の舟形の家)同様、基本的には虚栄の産物で、虚栄で国が滅ぶのは、ミャンマーのバガン王国のように1000もの寺院をつくり財政が疲弊したのに似るし、俺の国も公共事業のやりすぎで、財政破綻をすでにしているのと似ている。虚栄が財政の基本になり、後戻りできなくなって行き着くところまでは突っ走る、とうことらしい。


いけにえには、水牛と豚が当てられるらしく、水牛は他の地方と違って、農耕労役に使われることは無く、ただ、いけにえ用に飼育されているとかで、丸々と肥えて、白い色のものが黒い色の3倍の値段がつき、最近は普段飼育しているものでは不足して、他の島や海外から輸入するあり有様で、価格も高騰しているらしい。いけにえとして殺されて儀式に使用した後は、村に肉片となって配られるということだ。





死生観について聞いてみると、、この地域では死者の霊魂の存在場所としてタウタウという木彫りの人形を作り、そこに宿ると考え、死体はミイラ化し、多くは断崖絶壁の岩肌や洞窟に船形の棺に入れ、放置する方法がとられる。この場合は親族が同じ場所に安置されるらしい。面白いのは、木彫りのタウタウは生前の人物に似せて作ることはしないで、適当に彫り上げるようで、村に功績大の名誉ある人の分は本人に似せて作るらしい。また、岩肌に放置する場合、上部にあるほど天国に近いと考えて、名誉ある人が岩肌に杭を打ち込み、安置されている。火葬の習慣はないようだ。このあたりは、以前中国南部を旅したときも、岩肌の洞穴に棺が置かれ、同じような風習を見た。





旅人としては、もちろん葬儀であるから入場料をお払いすることはないが、しきたりとしてタバコ1カートンをお布施にすることになっているようで、ガイドが何処で葬儀があるかの情報を仕入れてきて、ある場合は連れて行ってくれる。そういう意味でも、現地のガイドは、ここではいた方が入って行きやすい。









[2009/10/28]tb(-)/ com(4)
タナトラジャへ no4
・・・
マカッサルからタナトラジャへ

うんちく


マカッサルのある、スラウエシ島は昔々、オーストラリア大陸から分離したと考えられていて、起源2500年前に中国系の民族が中国西南部から南下して、この島上陸したと考えられているらしい。車で、走らせていると、確かに中国南部の地形に良く似ていて、山の発生で言うと、噴火型の富士山や、地殻圧迫型のヒマラヤ山脈の様でもなく、地面が断層的に落下してでき、長い間の侵食を受けたという、南米ロライマ型や中国武威山の風景に似ていて、中国古代人が北方から圧迫を受けて押し下げられて、命がけで船で渡ってきて故郷の風景と同じ光景に歓喜し、同じ生活様式の水田耕作を始めている姿が浮かぶような、風景で面白い。

16世紀になるとオランダの侵略を受けて、ロッテムダム要塞が出来上がり、長い抑圧の日々を送ることになるが、抵抗運動だろうか、未だに城壁には無数の銃弾のあとが残っている。その後、インドネシアの部分として独立するが、ほかの島にない、この島独自の文化も残っている。

家柄制度

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高床式の住居で、家格線は2本
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家格線は最高の5本、2本分が前に押し出した庇にでる。
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家格線2本の高床式住居
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家柄線1本の高床式住居





家は見るところ、島全体で未だに95%の家が高床式の家で、役所や一部の商店が平屋構造という状況で、ほかの島では、かなり平屋構造になっているのに比較すると圧倒的に高床構造が多いのが目につく。この家の屋根の部分に、なにやら線が色々なデザインで入っていて、0−5本まであるらしい。
これは、身分というか、家柄というか、家格というかそういうものを表示していて、一種の身分制度が未だに残っている。こいつは、ほかの島に無い特徴で、なぜ、いつからこの制度が産まれたかについてはガイドの説明が理解しにくかった。職業上の制約は無いようだが、家格の高い男が家格の低い女性を妻にすることはあるようだが、家格の高い女性が家格の低い男性と一緒になることは、まれだということだから、何かの形では残っているのだろう。


生活

大方の職業には国の定めた資格制度があるようで、A-Dまで4ランクを5階級で決めているようで、合計20の階層があって、学校の校長レベルでD−2クラスで給与が3万ちょいと言うところのようで、日本の15分の一、物価は平均約5分の一程度かと思えるので、給与物価関数が3、ということで、初任給6万円程度で日本で生活をし、健康保険なしの状況程度ということで厳しそうな感覚。階級は年一度の試験と実績で上がって行くようだ。


エロチックマウンテン

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マカッサルから車でタナトラジャに向かう途中、まずは3時間ほど走って港町パレパレで昼食、そして、また3時間走って、この、エロチックマウンテンで休憩ということになるようで、小さな茶店があって、なかなか、味わい深いトイレがある。何がエロチックなのかは写真を見てもらって、しかしまあ、この程度でエロチックということからも素朴な地方らしい。


ここまでくると、タナトラジャまで、カーブの連続の山道を上がってゆけば、まもなく、独特のにおいのする落ち着いた田園風景の中に入り込む。そして、、、独特の屋根をもつトラジャ様式のたてものが、あちこちに見え始める。







[2009/10/28]tb(-)/ com(0)

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たびちゃん

Author:たびちゃん
年に半年は旅に出ている単なる旅人です。
写真とお絵かきで日々を綴ります。
単なる、投げ捨て日記です、あしからず。

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